和歌と俳句

齋藤茂吉

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二人来し 法医学者を 案内し 「街の少女」のこと 一切言はず

午後になり 間もなく雷の 鳴りたるを 吾の心は 楽しむごとし

見るかぎり 青野ゆたかに 起伏せば 水の中にて ひきがへる鳴く

アムゼルが 樅の木立に 来ゐて啼く 冬のあひだは 啼かぬこの鳥

青野には 日の光にさやる ものなきに 蟋蟀ぞ鳴く 昼のこほろぎ

すかんぽの 花のほほけし 一群も 異国ゆゑに あはれとおもふ

松かぜの 聞こゆるときに 心寂し 遠くも来つる われの心の

アカシアの 花白く散り 桜桃も きのこも店頭に 見えて春更く

砂しろき 大きなる湯の 池に入り 日本にゐたる ごとき一とき

この町に 石垣あるを 嬉しみて カスタニエンの 樹のもと行くも

夏の野を ながるる小川 砂白く よく見れど魚の 走ることなし

南方の フエスラウの温泉に こころ和ぎ 日は傾きぬ 青野のはてに

レーニンの 疾病を報ぜし 記事あり Gehirnschlag即ち 卒中せしと

今にても 富み足らひたる ところあり 若葉のしたに 蚊の飛ぶおとす

半日を 古代美術に こだはりて 午後黒人の踊に 放心したり

白き鸚鵡 園丁の手に のり居りて 離れがたきを 吾見つるかな

ふるさとの 茂太のことを おもひ出し この童子等に 菓子を与へし

顕微鏡の 会社見学に 来ておもふ この間にも 余裕のなきをおぼゆる 

東方の 祷りのゆゑに 志那びとの うたふに似たる 悲しさありて

Pieter Brueghelの 冬の村落図その他を見て出で来たりけり

雷の雨 音たてて降りし 野のうへに 二たび光さすを見て居つ

電車罷業 けふもつづきて 夕闇の 街いくまがり 歩きて帰る

エジプトの 狒狒の石像を 眼にとめて 心よろこびながら出で来つ

谷間には Jagerbrunnlといふ 泉あり 音して湧きぬ わがががむとき

この村の 修道僧院に 一団の 孤児来り いのりの歌うたふこゑ

いちごの花 一めんに咲く ところより まどかに青き 山見えわたる