和歌と俳句

齋藤茂吉

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平野には 木立つづきて 青けれど 黄色に見ゆる 処ありたり

ひむがしに 向ひ流るる ドウナウの 河にせまれる 山も青しも

Thebenに 著けば此処にも 支流あり 山の上なる 城塞しろく

砂原に 白く見えゐる ところあり 支流がここに 合ひをるらしも

元始的に 見ゆることあり 網たれて ドウナウの鯉 捕る人のあり

おほどかに 流るる河の 舟に添ふ 水車がありて 麥をひくらし

此処にまた 支流がありて 国原の 森のあひだを 浸して来る

岸ひくく 白き鳥群れ 丘陵の 半腹に牛 群れたるも見ゆ

ここにして 支流Waagの 合ふところ 水銀いろに 光を没す

ドウナウを かへり見すれば 大きなる 河としなりて 浪音もせず

ひくき岸より ただに平野に つづきたる ウンガルン國 われも愛でつる

午後六時 わが船つけば Basilikaの 寺院のうへに 入日さしたり

ドウナウに せまり来れる 山見つつ エレデンタの唄 聞けども飽かず

夜のドウナウ 語りあひつつ 朝はやく Erzsebethidを渡る

城砦にも のぼり来りつ Joseph Peridy大尉が ドイツ語にて導く

名にたかき 泥浴に来て 見しかども 時を惜しみて 誰も浴せず

王宮をも 吾等は観たり エリザベト皇后の 悲しき黒き御ころも

かくのごと 小公園に 芍薬も 紫蘇石竹も にほひてかなし

西瓜、瓜、桃、李、巴旦杏、青唐辛子をも 店にならべつ

この町の Joseph Reitzer君の 日本語を 十ばかり手帳に 記したるのみ

唐黍の 赤毛のふさも なつかしきと 街上を来て 足をとどむる

大学の 助手がわが手を 痛きほど握り Rassen-Verwandtと言ひたり

この都市も 一たびボルシェヴィズムスに 破れたる 過去持つことを 暫しおもへる