和歌と俳句

齋藤茂吉

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ここに来る 途中の畑に 案山子あり バワリア農夫の 貌おもしろ

友一人 ここの教室に 居りたるを 訪ねしかども 旅ゆきて居ず

Domは いづれの都市も 持てれども 年古りたれば 心ゆかしも

馬鈴薯の 畑のまはりに 向日葵が 高々と咲き かがやくごとし

シイボルトの 記念像を暫し 立ち見るに 長崎鳴滝の 事をしおもふ

この大学の 精神科主任の Rieger翁は 兎の脳を 持ちながら話す

マイン河の 橋wたり来て 猶太童子の 疎外せらるるを 目のあたり見つ

ここの食店に Trinkgeld nicht abgeschaffen と ことわりてあり

公園に 大き寒暖計 すゑありて 摂氏の二十五度を示せり

大きなる 鎌にて草を 薙ぐことも おほどかにして いそがしからず

クールベの海波図 ゴオホのガツシエ像 デユレルの父の像 カタリナの像

熱心に 語りやまぬ 教授Jahnelの やぶれし靴を 今は尊ぶ

ゲエテの家 われも見めぐり おほよその 旅人のごと 出でて来りぬ

同胞の 研究室をも 今日は見ぬ 小さき不平も 無くて居りにき

河に沿ふ 猶太街まで 入りゆきて その雰囲気を おもひつつ居り

しづかなる ギーセンに向ふは Robert Sommer翁を 訪はむためのみ

碩学の この老翁は 山嶽に 行かず日ごとに ここにし通ふ

穉きより ラインの河の 名を聞きて 今日現実なる 船のうへの旅

ひだりにも 右にもせまる 山ありて 麓の村は 水にひたるごと

時により 湖水のごとき 寂しさを 峡のラインは 示しつつあり

はるかなる 行方を暗示 するごとき ラインの流に いまぞ順ふ

山の上に 尖塔あるを この河の 前景にして 飽くこともなし

流れゆく ラインの河は おのおのに 支流をたもつ 町を過ぎゆく

沿岸に 成るべき必然の 成りなりて 大きながれの 止むときもなき

山の上なる 古き砦の 外貌の この安定を ひとは好みし