よをかさね玉江におるる雁のこゑ葦間の月にたつそらやなき
宮城野の木の下風のはらふ夜は音も雫もむらさめの空
今宵しも八十宇治川にすむ月をながらの橋の上に見るかな
みやこよりわけくる人の袖見れば露ふかくさの野辺ぞしらるる
今宵ならでほかに見し夜は闇なれや今こそ月は須磨の浦波
なにゆへとおもひもわかぬ袂かなむなしき空の秋の夕暮れ
見ず知らぬ昔の人の心まであらしにこもる夕暮れの空
露のそで霜のさむしろいかならむ浅茅かたしく小野のふるさと
庭ふかきまがきの野辺の虫のねを月と風との下にきくかな
むら雨は程なく過ぎてひぐらしの鳴く山かげに萩の下露
をく露をはらはで見れば浅茅原玉しく庭となりにけるかな
見る夢はみやまおろしにたえはてゝ月は軒端の嶺にかゝりぬ
ふるさとは庭の小萩の花盛り鹿なけとてや野辺となりにし
風ふけば玉ちる野辺に折れふして枕つゆけきをみなへしかな
清水せく森の下風ふきまよひ波にぞ浮かぶひぐらしのこゑ
宮城野の木の下露をかたしきて袖に小萩のかたみをや見む
やすらひに山こえやらぬ長月の月まちくらす袖の白露
山かげの水にひかりも満ちぬらむ嶺を離るゝ秋の夜の月
暗き夜の窓うつ雨におどろけば軒端の松に秋風ぞふく
草も木も野分にたえぬ夕暮れに裾野のいろの露ぞくだくる
山里はひとり音する松風をながめやるにも秋の夕霧
かへるべき越の旅人まちわびてみやこの月に衣うつなり
山川のすゑの流れもにほふなり谷の白菊さきにけらしも
宿さびて庭に木の葉のつもるより人まつむしもこゑよはるなり
月影は有明がたによはりきてはげしくなりぬやまおろしの風
露むすぶ秋のすゑにもなりぬれば裾野の草も風いたむなり
真葛はら秋かへりぬる夕暮れは風こそ人の心なりけれ