足曳の山の白雲草鞋はきて一人い行きし人は帰らず
白雲の出雲の寺の鐘ひとつ恋ひて行きけむ霜の山路を
春の夜の雪の觸らふ音すなり松はかすかに立つにしあらむ
檐の端に巣をとられたる親雀巣を去りかねて二日鳴きしも
親すずめ子をあきらめて去りしより禽といへども幾日経ぬらむ
学校の授業はありと思ひつつ暁われは眠りたるかな
お茶の水橋渡りていゆく現し身の我の心を知る人もなし
お茶の水橋低きに見ゆる水のいろ寒む夜は更けてわれは行くなる
はふ蔦のわかれと思はば傘さして雨夜の坂を下りたりける
ひむがしの道のはてなる毛野の山草さへ萌えてまた逢はめやも
我妹子がこもらふ里を近みかも春草のびず山に雪あり
萱の芽の青芽の伸びを踏みのぼる春の圓山はおもしろきかも
松風の音はたえまもあらなくに霧こそわたれその山松に
御山には雪かあらむと物言ひし行服の少女居眠りするも
夜の汽車の玻璃窓に雨は流るれど少女ふたり相倚り眠る
嵐の湖搖りゆる栗樹の青いがに燕の雛の群れてゐる見ゆ
絶え間なく嵐にゆるる栗の毬にうち群れてゐる燕は飛ばず
嵐のなか起きかへらむとする枝の重くぞ動く青毬の群
燕立つときとはなりぬ湖の青山の雲の寂しき真昼ま
故さとの湖を見れば雛燕青波にまひ夏ふけにけり
磯の上の氷室の屋根のむれ燕みだれ散りたり嵐の空に
氷はこぶ車の雫直に垂り旱日中のあらしの疾さ
桑原の茂り夜ぶかし杜鵑このごろ啼かずと妻の言ひつる
小夜ふけて桑畑の風疾ければ土用蛍の光は行くも
いとどしく夜風にさわぐ桑畑に天の川晴れて傾きにけり