和歌と俳句

島木赤彦

天の川夜空のなかにまさやかに明るむ雲の心地こそすれ

大巌の頂つつむ草の花は夕日にさむく紫に見ゆ

白樺の木の上に白き日は曇り木の葉しきりに根に落ちたまる

山の池に紫に咲ける澤桔梗人の来りて折ることもなし

木を離るる大き朴の葉すみやかに落ちて音せりこの山の池に

垣そとの百日紅の木のかげにかくれんぼする笑ひ聲きこゆ

咲き枝垂る百日紅の幹明し鬼は眼に手をあてて居る

よべ一夜の嵐によわりし百日紅夕日に垂りてうつくしきかも

あかねさす日の入りがたの百日紅くれなゐ深く萎れたり見ゆ

嵐すぎて垣の破れもつくろはね隣の庭の百日紅あらは

子どもらが鬼ごとをして去りしより日ぐれに遠しさるすべりの花

踏みのぼる冬木の坂は霜ながら幾日雨ふらぬ土乾きをり

柚子の玉ここだもこもる柚子の葉の群葉真白く霜おきて見ゆ

しんとして柚木のむら葉霜どけに光きらめく柚の果の多さ

この庭に照りて寂しき柚子の幹のおほに青きは苔むせるなり

学校ははじまりて居り現し身のつく息白く入り行くひとり

上野山土に霜降れりたまさかのいとま寂しく来りて歩む

樹の上に鴉は鳴けり上野山土にあまねく霜ふる時か

黒ぐろと幹を交ふる冬枯の木立のなかに鐘鳴りわたる

冬の日の照りて明るき黒門の古き弾痕のぞき見て居り

野分の風とよもしすぐる窓のもとに起きて物書く暁近し

外を見れば見ゆる朝顔のつぶら實に冬の日あたり忽ちかげる

冬の日のあたることなき北の窓一つの窓に一日向ふ

寂しくて布団の上ゆ仰ぎ見る短日の陽は傾きにけり

先生の門人一人愁ひつつ霜夜のふけに来りて去れり