あな愛しおたまじやくしの一つびとつ命をもちて動きつつあり
はやて風吹きつくる銀杏の樹幹太くして芽ぶきおくれつ
産土神の杉の木立にはさまれる辛夷樹の花はおくれて咲けり
川をはさむ家みな低し水のうへを遠くより来るつばくらめ見ゆ
濠の水みちて静けき心よりをちかへりつつ燕はうごく
亀井戸の藤の莟は堅ければ雫垂りをり通り雨すぎて
仮り住みの暗き障子のあひだより藤の花房をわが仰ぎ見つ
赭土の山の日かげ田にげんげんの花咲く見れば春たけにけり
山の田に日かげをなせる楢の木の若葉は白く軟らかに見ゆ
一つ 蝉鳴き止みてとほき蝉きこゆ山門そとの赤松林
水無月の曇りをおびて日の沈む空には山の重なりあへり
心ぐくなりて見て居り藪のなか通草の花を掌の上におきて
遠き村の火事の火見ゆる山のなか郭公鳥は夜を鳴きて居り
岡の家に妻と起きゐて知りにけり郭公鳥の夜鳴くことを
谿を出でて直ちにひろき川はらの栗の木林花盛りなり
柿の葉に青き果多くこもり居りはやて風吹くはたけの中に
雪降れば山よりくだる小鳥おほし障子のそとに日ねもす聞ゆ
木枯の吹き荒れぬれば家のうちいよよ静まり我が一人居り
子どもらのたはれ言こそうれしけれ寂しき時に我は笑ふも
雨の音聞きつつあれば軒下の土と落葉とわかれて聞ゆ