和歌と俳句

島木赤彦

ふり仰ぎ秋の月見れば縁日の灯のうへの空の雲は早しも

山門の大扉の下に立つ我の息こそ見ゆれ更くる月夜

幾たびか空に鳥群れて渡りけり地形の音の日ねもすひびき

山深き湖水の空の渡り鳥群れて渡れど音こそなけれ

渡り鳥とほ行く空は雪しろき山立ち竝び重なりあへり

山の國にかへり来て心親し焼味噌をやく焼味噌のにほひ

屋根のうへに赤き柿の果鴉来て啄はぬは山の木の實多けむ

霜ふかき朝の日光に染まりたる紅の湖しづまりかへる

谿の村にひびきてをおとす聲子どもの聲の満つ心地すれ

谿の橋をりをり馬行き見ゆれども落すほかの物音もなし

この谿の紅葉のなかに搖られて動くの木の見えにけるかも

霧のなかに草刈鎌をうち落し驚ける眼のまへにゐる佛

山なかの霧にあらはれし露佛眼にこそ見つれ得やは語らむ

信濃なる高木の村の丘の上佛見しとふ草の跡どころ

故さとの高木の丘に草茂り佛見しとふ人老いてあり

明かあかと雪隠の屋根に南瓜咲き中に子どもの唄のこゑおこる

雪隠に豈はからむやわが子ども乃木大将の唄うたひ居り

雪隠を出で来りたる子どもの眼朗らかに南瓜の黄の花の盛り

冬の昼はいくらもあらね久方の空の雪あれて松山曇る

たちまちに吹雪の風の通りすぎて深山の人ら冬木を倒す

松山の松のうへなる雪の山驛を出でて道は寂しき

背後より夕日の照らす驛道の泥明かあかと氷りゆく見ゆ

扇の手止めて雪ふる音すなり外の面の夜は更けたるならむ

ふるさとの山の町なる夜の雪醉ひて眠りぬ昔の人と

山深き信濃の町につもる雪夜ぶかく醉ひて帰るすべなし