北原白秋

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新らしき 野菜畑の ほととぎす 背広着て啼け 雨の霽れ間を

キヤベツの 段々畑 銀緑なり 雨霽れ空に 白雲の湧く

あまつさへ キヤベツかがやく 畑遠く 郵便脚夫 疲れくる見ゆ

入日うくる だらだら坂の なかほどの 釣鐘草の 黄なるかがやき

まどぎはの 男の頬のみ 明う見せ 釣鐘草の 中を汽車ゆく

夏帽子 瀟洒につけて 身をやつす 若き紳士の 白百合の花

夏の日は なつかしきかな こころよく 梔子の花の 汗もちてちる

きりぎりす よきたはれ女が ひとり寝て 氷食む日と なりにけるかな

やるせなき 淫ら心と なりにけり 棕梠の花咲き 身さへ肥満れば

黒き猫 夜は狂ほしく かきいだき 五月蠅きものに 昼は跳ねやる

人妻の すこし汗ばみ 乳をしぼる 硝子杯のふちの なつかしきかな

栗の花 四十路過ぎたる 髪結の 日暮はいかに さびしかるらむ

あかしやの 花ふり落す 月は来ぬ 東京の雨 わたくしの雨

検温器 かけてさみしく 涙ぐむ 薄き肌あり 梅雨尽きずふる

二階より 桐の青き葉 見てありぬ 雨ふる街の 四十路の女

七月や おかめ鸚哥の 啼き叫ぶ 妾宅の屋根の 草に雨ふる

色硝子 暮れてなまめく 町の湯の まどの下なる どくだみの花

湯上りの 好いた娘が ふくよかに 足の爪剪る 石竹の花

長雨の 蒼くさみしく 淫れてし その日かの日も いまは恋しき

長雨の あとのこころに ひるがへり 孔雀火のごと 鳴く日きたりぬ

和歌と俳句