北原白秋

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青柿の かの柿の木に 小夜ふけて 白き猫ゐる ひもじきかもよ

白き猫 膝に抱けば わがおもひ 音なく暮れて 病むここちする

白き猫 泣かむばかりに 春ゆくと 締めつゆるめつ 物をこそおもへ

夜おそく かけしふすまに 匍ひのぼる 黒きけものの けはひこそすれ

乳緑の びろうどの河豚 責めふくらし 昨日も男 涙ながしき

河豚よ河豚よ 汝は愚かし 地に跳ねて 沖津玉藻の 香のなげきする

いそいそと 広告燈も 廻るなり 春のみやこの あひびきの時

かはたれの ロウデンバツハ 芥子の花 ほのかに過ぎし 夏はなつかし

空見れば 円弧燈に 雪のごと 羽虫たかれり 春よいづこに

薄暮の 水路にうつる むらさきの 弧燈の春の 愁なるらむ

新らしき 匂なにより いとかなし 勧工場のぞく 五月のこころ

人力車の 提灯點けて 客待つと ならぶ河辺に 飛びいづ

薄あかり 紅きダリヤを 襟にさし 絹帽の 老いかがみゆく

夏よ夏よ 鳳仙花ちらし 走りゆく 人力車夫に しばしかがやけ

折ふしの ものの流行の なつかしく かなしければぞ 夏もいぬめる

青玉の しだれ花火の ちりかかり 消ゆる途上を 君よいそがむ

夏の夜の 牡丹燈籠の 薄あかり 新三郎を 誰か殺せる

ちりからと 硝子問屋の 燈籠の 塵埃うごかし 秋風の吹く

和歌と俳句