北原白秋

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松脂の にほひのごとく 新らしく なげく心に 秋はきたりぬ

薄らかに 紅くか弱し 鳳仙花 人力車の輪に ちるはいそがし

鳳仙花 うまれて啼ける 犬ころの 薄き皮膚より 秋立ちにけり

秋の空 酒を顰めて 飲む人の 青き額に 顫ひそめぬる

眼のふかく 昼も臆する 男あり 光れる秋を ぢつと凝視むる

しやう銀の 蠅取蜘蛛を まづ活かし 秋はさやかに 光りそめぬる

君がピン するどに青き 蟲を刺す その冷たさを 昼も感ずる

かかる日の 胸のいたみの しくしくと 空に光りて 雨ふるらむか

しづやかに 光の雨の ふりそそぐ 昼の心に 蒼ざめてあり

クリスチナ・ロセチが頭巾 かぶせまし 秋のはじめの ははの横顔

食堂の 黄なる硝子を さしのぞく 山羊の眼のごと 秋はなつかし

秋の草 白き石鹸の 泡つぶの けはひ幽かに 花つけてけり

人形の 秋の素肌と なりぬべき 白き菊こそ 哀しかりけれ

旅び出て 船がかりする 思あり 宝石商の 霧の夜の月

みすずかる 信濃か日本 アルプスか 空のあなたに 雪の光れる

静かなる 秋のけはひの つかれより 桜の霜葉 ちりそめにけむ

清元の 新らしき撥 君が撥 あまりに冴えて 痛き夜は来ぬ

手の指を そろへてつよく そりかへす 薄らあかりの もののつれづれ

ひいやりと 剃刀ひとつ 落ちてあり 鶏頭の花 黄なる庭さき

和歌と俳句