北原白秋

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猫のごと 首絞められて 死ぬといふ ことがをかしさ 爪紅の咲く

恐ろしく おのれ死なむと つきつめぬ いきいきとまたも 赤子啼き啼く

夕されば 火のつくごとく 君恋し 命いとほし あきらめきれず

曇り日の 桐の梢に 飛び来り 鳴けば 人のこひしき

市ケ谷の 逢魔が時と なりにけり あかんぼの泣く 梟の啼く

梟は いまか眼玉を 開くらむ ごろすけほうほう ごろすけほうほう

たれこめて 深きねむりに 堕つる時 わが傍に来り 寝る女あり

君もなほ 死なずしありけむ さめざめと 夜の間に見えて 涙を流す

一列に 手錠はめられ 十二人 涙ながせば 鳩ぽつぽ飛ぶ

鳩よ鳩よ をかしからずや 囚人の 「三八七」が 涙ながせる

向日葵向日葵 囚人馬車の 隙間より 見えてくるくる かがやきにけれ

鳳仙花 われ礼すれば むくつけき 看守もうれしや 目礼したり

鳳仙花よ 監獄にも馴れ 罪にも馴れ 囚人にさへも 馴れむとするか

監獄いでぬ 重き木蓋を はねのけて 林檎函より をどるここちに

監獄いでぬ 走れ人力車よ 走れ街に まんまろな お月さまがあがる

監獄いでて ぢつと顫へて 噛む林檎 林檎さくさく 身に染みわたる

くれなゐの 濃きが別れと なりにけり 監獄のはな 爪紅の花

和歌と俳句