北原白秋

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寂しさに 堪へてあらめと 水かけて 紅き生姜の 根をそろへけり

生姜の根 紅く染めたる ものゆゑに 幽かに噛めば 悲し小生姜

本草の さびしき相の その中に ことに寂しきは 深山鈴蘭

現世の 身の成果も おもほえて 寂しとぞおもふ 深山鈴蘭

鈴蘭の 寂しき花の 絵の上に わが歌書けば 人が売りけり

微笑みて ほのかにあらむ 白雪の ありなし人と けふなりにけり

この思ひ 幽かにんりぬ あきらめと いふものにもか 近づきにけむ

果敢なしと いふもはかなし 声立てて 訴へ泣きてし 昨にしも似ね

目つむれば 思ひかけずも 火のごとき 忘られしものの したたりにけり

あはれなる 石のひとつぞ 古びたる その石の辺の 沙羅の木の立

さすたけの 君が御庭の 沙羅の花 夕かたまけて 見ればかなしも

童さび 時に肩揺る 大き人の 笑ひ声さびし 沙羅の花盛り

命二つ 対へば寂し 沙羅の花 ほつたりと石に 落ちて音あり

あはれなる 人間の世の 侘住居 いちりんの花を 床に活けてある

ありたけの 金をはたきて くれなゐの 花を一輪 買うて来にけり

あなかそか 雪と霰の ささやきを ききて幾夜か わがひとり寝む

我ひとり 人のこの世に 有りふれて 生くとふならぬ 何か寂しき

飯を食み 酒をいただき しかすがに あり経むものか 人のごとくに

惟れば 人とうまれて 日に三度 なんぞ如何ぞ 飯食めるらむ

いそのかみ 古きむかしの うまびとも 色を好みき 我も然りか

和歌と俳句