北原白秋

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仙台坂 石の車 曳きわびて 馬倒れたり 疲れけらしも

馬なれば 打つにまかせて ひた喘げ 若し人ならば 何といふらむ

馬なれば 童のごとく なぐられて 泣きて豆くふ 坂のなかばに

石かつぎ 石かつぎ走る 何んぞこの 貧しきどちが 暇なげなる

石かつぎ 石にひしがれ 海つもの 平目のごとく なりて死ににき

路次の厠の 屋根に干したり 下駄いくつ 鼻緒紅きは 子らか多くゐる

ひたむきに 箸を動かす 長屋の子 時をり打たる むさぼりくらへば

山がつが 手斧ひりあげ 打つごとし 有るべき事か 親が子をたたく

老いばれの 山の古狐 蹴るごとし 有るべき事か 子が親を蹴る

親ぞ子ぞ たたくなかれと ふるへゐつ たたけたたけと 人覗きゐつ

しみじみと 今は乞ひ祷る 神よこの 貧しきどちに 糧をあたへよ

あなかそか 父と母とは 目のさめて 何か宣らせり 雪の夜明を

あなかそか 父と母とは 朝の雪 ながめてぞおはす 茶をわかしつつ

あなしづか 父と母とは 一言の かそけきことも 昼は宣らさね

ちちのみの 父のひとつの 楽しみは 夜に母刀自と 書読ますこと

母刀自が 父のみことの 読ます書 あなおもしろと 聞かす楽しさ

あなかそか 父と母との ふたはしら 早や寝ねましぬ 宵の寒きに

母父の 生みの御親の ふたはしら 寂しからせと 子は祈らぬを

父母の 寂しき閨の 御目ざめは 茶をたぎらせて 待つべかりけり

さざめ雪 窓にながめて 母父と 浮世がたりを するが寂しさ

父母と 摘みてそろへし 棕梠の葉に たまれり 米の粒ほど

父母と 今朝もたばしる 白玉の のさやぎ 見るが幽けさ

和歌と俳句