北原白秋

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女犯戒 犯し果てけり こまごまと この暁ちかく 雪つもる音

ははそはの 母のおもとの 水しわざ 澄みかとほらむ この寒の入り

目のさめて ややにふえゆく 雀の声 あなあはれ我も 目はさめてゐる

人間の こゑ湧きおこる しののめどき すなはち走る 新聞くばり

袖に来て 白く飛びちる 雪つぶて あなさびし子らが 雪投げの玉

金竜山 浅草寺の朱き 山門の 雪まつしろに 霽れにけるかも

首出して 神馬雪喰ふ つつましさ 見て通りけり 朝の帰りに

硝子戸を 強く拭きこむ この朝明 隣の屋根の 雪が傍に見ゆ

雀飛ぶ 屋根の遠見の 雪煙 かすかに射すは 朝日のかげか

屋根の雪 霞みて暗き 遠方は やや煙だてり 風か吹きいでし

屋根をころげて 騒ぎ乳繰る 二羽の雀 ぱぱと飛びわかる 雪煙立てて

椎の葉に 消のこる雪の 椎の葉に 消のこるなべに 朝日さしけり

ほのかなる 声なりしかど 椎の葉に 一夜積りし 雪のうれしさ

椎の葉の かそけき雪に 朝日子の かがよふ見れば 春さりにけり

石臼と 杵とましろし 路次の奥 あなあはれ今朝は 一面の雪

ふかぶかと 雪盛りあがる 石の臼 杵の柄も外に 出てましろなり

石臼の ほとりに飛べや 寒すずめ 地面の雪に 蹠つけて

石臼の ふちに染み入る 雪のこゑ あな寂し外は 一面の光

寂しさに 起きて雪掃く かそけさは 人も知らじな 路次の白雪

夙に起きて 雪掃き寄すと まだ醒めぬ 隣りの雪も 片寄せにけり

和歌と俳句