北原白秋

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蟹を搗き 蕃椒摺り 筑紫びと 酒のさかなに 噛む夏は来ぬ

筑紫の 三潴男子が 酔ひ泣くと 夏はこぞりて 蟹搗きつぶせ

蟹の味噌 強く噛みしめ はしけやし 夏は葦辺の 香に咽せてけり

蟹味噌の 辛き蟹味噌 噛みつぶし 辛くも生きて 忍びつるかも

この我や 響するどき 蟹味噌の 蟹し噛まずば 慰まずけり

青竹割り 睾丸締め込む 不知火の 南筑紫の ますらを我は

黒崎潟 潮干てゆけば 田打蟹 はろばろと湧く こゑの寂しさ

思ひ屈し しばし見惚れつ 昼さがり 陶器師の 廻すろくろを

見つつゐて 寂しかりしか いつしかと 我を忘れつ ろくろ廻せる

父母も 妻も思はず ろくろ繰り 廻るろくろを ただに見ほれつ

ろくろ見る ろくろ廻るが ただうれし 陶器師は ろくろ廻せる

ろくろ見る ろくろまたなし 己れなし 陶器師は ろくろ廻せる

球を打つ 音のよろしさ 聞くさへや 心は晴るる 悔しき時も

球投ぐる 振のよろしさ 見るさへや 心はをどる 苦しき時も

真向より 飛び来る球 待ち構ふる 張りきらむずる 立ちの雄々しさ

童こそは ひたむきなれ 火のごとく 飛び来る球を 音高くうつ

童こそは ひたむきなれ 火のごとく 飛び来る球を 身をそらし取る

夜祭の 万燈の上に いよいよあがり 大きなるかも 今宵の月は

あかあかと 十五夜の月 街にあり わつしよわつしよと いふ声もする

何ごとも 夢のごとくに 過ぎにけり 万燈の上の 桃色の月

今宵はも 三五十五夜 照る月の 光もさやか わがひとり寝る

朗らなる 満月の夜に 万燈とぼり 心さぶしも 我が軒通る

眺むれば 満月光に 飛ぶ鴉 一羽二羽三羽、五羽と飛ばなくに

鴉飛びて 朱の満月 過ぎるとき 鮮かに見えつ 太き嘴

ひさかたの 満月光に 飛ぶ鴉 いよよ一羽と なりてけるかな

和歌と俳句