北原白秋

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三縁山増上寺の 山門前に ふる時雨 日がな日ぐらし ふりにけるかも

鳩よ鳩よ 風邪をなひきそ 高窓の 軒の張出 雨雫する

鴉のこゑ 遠退きゆけば 雀のこゑ 幽かにきたる 霧雨の中

しげしげと 時雨見送る 鵯の子の 一羽二羽とまる さいかちの枝

松が枝と もみぢの枝に ふる時雨 松には松雀 もみぢには鵯

時雨ふる 坂の紅葉の 下明り 鴉が飛び来 かおかおと啼きて

時雨ふる 冬の夜寒に 啼く鶏の 赤羽根橋を 我がわたるなりかな

電線の 蜘蛛手の上の 二十日の月 あはれなるかも 片時雨して

鴉一羽 山の枯木に とまりたり 向きを変へたり 吹く風の中

木末の鴉 ややに下りつつ 下枝に下り 遂に根方の 地に下りむとす

この夜ことに 星きららかに 麻布の台 霜下り来らし 声霧らふなり

永久に 青き常盤木 その葉落ちず いよいよ経れば 霜下りにけり

寝て聴けば 寒夜の夜霜 霧らふなり あはれなるかも 前の篁

この夜ひと夜 眼の冴え冴えて 小床ふかく 霜満つるけはひ 聴き明すなり

揺れほそる 母の寝息の 耳につきて 背ひには向けど 恋し我が母よ

寒天に 吹きさらさるる いちゐの木 いちゐひびけり ふかき夜霜に

澄みとほる 小夜の雉子の こゑきけば 霜こごるらし 笹の葉むらに

霜こほる 真夜の夜ぶかに かつかつと 人こそとほれ 巡邏なるらし

なに削る 冬の夜寒ぞ 鉋の音 隣合せに まだかすかなり

路次の霜に 桃色うすき 鼠子の 凍えし尻尾 つまみつればあはれ

今朝見れば 置く霜濃くて 厨辺の ごみための影も 紫に見ゆ

霜ふかき 路次の竈の 釜の蓋に 凍葉青き 黄の柚子ひとつ

霜かぶる 蕪がそばに 目つむるは 深むらさきの 首長の鴨

和歌と俳句