北原白秋

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人ゆかぬ 荒玉水道 草ふかし 音に老けけり 隣田の蟇

あさみどり 標ゆひそめし 早苗田の 苗間の田水 のりにけるかな

草ごみに 鋤きしばかり をる水の 蛙にはよき 雨ふりにけり

地にひびき しげき蛙を 夜ごもりに 觸りてゐぬけり 耳に蛙を

田の蛙 怪しくしづもる 時たちて 音亨りけり 深き夜の地震

田に満ちて しげき蛙は よく聴けば 子らが小床に 呼び鳴くごとし

草堤 子らと歩きて こちごちに 聴ける蛙か 夜もすがら鳴く

くくみ鳴く 蟇のこゑきけば 草ごもり 夜の眼光らす 田の水が見ゆ

ひとつゐる 濁聲蛙 泥の面の うすら上水も 夜ふけつらむか

ナチスは 書を焚きにけり かはづ聴く この夜深にし ひびかふものあり

あさみどり よにもすずしき 一色は 竹の若葉の ひらきかけの頃

幾群と 竹の若葉は 萌えそめて こなたなぞへの 馬鈴薯の花

草堤 空梅雨ひさし 子らと行き 妻と行きつつ せつなくおもほゆ

篁子や 黒き女童 草間ゆく 腕も脛も よく灼けにけり

青萱原 尿放つと この男の子 父と竝ぶか 早やいさぎよし

爆音密雲にとどろけり あはれあはれ 草いきれしるき 中より仰ぐ

息ごもり 風は流れず この妻と 夜に見し草の 深きに見入る

夏霞 おほに蒸し立つ 野平を ふきあがる雲ぞ 低くかがやく

白光の 蒸しつつこもる 空にして 雲の奥渡る 黝き鳥あり

白き襞 けぶかき雲を 彌が上に 雲は噴きあがり まかがやく縁

蒸しにけり 白き南風を 月かとも 氣球うかびて 夕あかり空

和歌と俳句