北原白秋

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雷とどろき 裂くるすなはち 天翔る アクロン號は ほろびたりけり

アクロン號 とどろほろぶとも 夜に聴きて こころうつくしき 田蛙のこゑ

耳聰き子らかなや あはれ夜に聴きて 蛙啼く ころろと啼くよと聴きをる

木の芽立 かをす雨間の 夜ごもりに 蛙は啼きぬ まだくくみつつ

冬を眠り 春は起き出る 田の室の ぬめり蛙か 覺めつつあるらし

田川にも 蟇の子満ちぬ いざ子供 卯月八日の 花菜摘み來な

このゆふべ たとへしもなく しづかなり 日は明らかに 月を照らしぬ

春はいま けむる小雨の ものならし 鏡にこもる うぐひすのこゑ

濕り田よ 春は田の面の 下萌えに 油ながれて 日ぞ光りたる

投げ棄てを 蕪花咲く ここの田の 見のあたたかや まろき根蕪

蟇のこゑ 野天にひびく 午ちかく 焦いろの風も あふり吹く

熟麥の 大麥の穂を 照りつくる 六月の日射 くらきがごとし

刈しほの 濃きは淡きは 大麥と 小麥にかあらむ 裸麥もあらむ

焦いろの 盆地の麥に 立つ靄の 夕あかりながく 蒸しにけるかな

風おもて いとどかぎろふ ここの野は 麥ほこり立ちて 言ふばかりなし

白南風の 軍用道路 はてもなし 竝び押し來る カキ色の兵

麥の秋 目も病ましかも とどろ來る 戦車かぎろひ 砲つづく見ゆ

亂れ立つ 電柱見れば 黄の麥や 段畑の上に あがる白雲

立雲よ 野外教練の 子ら行くと 銃はかつぎて 足亂れ踏む

熟麥や 月日ひさしき 砂利路を もそろ這ひ入る 大き蝦蟇あり

和歌と俳句