北原白秋

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葉洩れ日を ただにすずしと 下草に 見つめゐにけり そよぐ光を

張つよき 山百合の蕾 うちたたく 驟雨なりただち 霧たちのぼる

深き酒 せちにつつしむ この頃は 脾腹にひびく なにものもなし

すばらしき 雨あしの長さ 岡の上の 林より盆地の 青田へ走る

豪雨 とみにおとろへて 金蓮花の 濡色あかし 蟹のごとうごく

吾が子らを 心に思へば 神立雲 光り閃めきぬ はためくは後

よく冷やして 冷やき麥酒は たたき走る 驟雨のあとに 一氣に飲むべし

たちまちにして 歌成る このよろこびを 妻に言擧げて 我がくちつけぬ

共産主義者 轉向すと聞く このあした 白鷺ら飛べり 青き水田のうへ

照りつづく 夏もいぬるか 肉厚く 雲うかびいでて 今日も蒸したる

襞ふかく 光こもらふ 黄金雲 蒸すからに巨き 二つ牡丹花

いまだ夏 布團の綿は 日に干して 雲よりも白く 光りたりけり

日のひかり 強きさなかを 黄の泡の ほのぼのと立つ をみなへしの花

切石に うづくむ猫の ねちねちと 腋毛つくろふ をみなへしの花

ひたむきに 閑けかりけり 日の方や 向日葵の蘂ぞ 灼けつくしたる

花いろの なにかうち透く 雲ゆゑに 立つ秋風も うすら涼しさ

向日葵や 葉裏にさがる 紋白蝶の 夜は翅ばたかず 宿りたりけり

和歌と俳句