泣かゆるに 日は照り暑し 湯気立てて 蟶を今 釜に煮沸す
照る砂に 雷管のごと 花落す 朱欒一木が 老いてお庭に
棟瓦 千石船の 朱と碧は 正目仰ぎて 深き雑草
鍋二つ 汲水場に伏せて 明らけき 夏真昼なり 我家なりにし
白栄に 蛇奔る 裏掘は 水紋の動き 光とありつつ
空しかり 縁に眼をやる 泉石も 常水たたへ 濡れてありしを
我家は 菅家の裔と 宣らしたる 大伯母ましき 敢て読みにけり
穀倉は 外板壁の か黝きが 日中の掘に 影映すのみ
五月雨に 麦は落穂も 取り入れずて 染色黝し 土の還らむ
青光る めくわじやの貝に 眼は大き 鴉降りゐて また旱なり
三日三夜 さ炎あげつつ 焼けたりし 酒倉の跡は 言ひて見て居り
葦むらや 開閉橋に 落つる日の 夕凪にして 行々子鳴く
潮の瀬の 落差はげしき 干潟には 櫓も梶も絶えて 船の西日に
洋越ゆと 六騎が伴は 舟竝めて 勢ひ榜連れ 矢声あげにし
夕凪の 干潟に黒き 粒だちは 片手の小蟹 貝ひろひ食ふ
西日して 潮満つるまの 夕干潟 営み長く 蟹ぞつぶやく
夕凪の 干潟まぶしみ 生貝や 弥勒むく子の 額髪にして
西日には 蟶むきて 居るならし 後姿気ぶかき 四五の女童
女童や 我は思へば 額髪の かぐろき瞳 此方見あげつ
潮くさき 突堤に沁むる 夏西日 音あわて落つる むつごろ影あり