北原白秋

9 10 11 12 13 14 15 16 17 18

飛ぶただち 空と大地の 入りかはる この驚きに 我くつがへる

滑走し とどろ応へし いつ知らず 身は離陸して 軽きに似たり

上昇し 早や翼かろし あをあをと 退き流るる 筑紫国原

単葉の ドルニエ・メルクール 軽快なり 今影落す 遥か下の原に

雲の先 遥かにし見む 我が軽き 合金属の 銀灰の翼

上梶を 護謨の滑車に 照りつむる 陽ははげしくて 下空虚し

海胆なす 草山脊筋 朱砂なるが 眼下に暑し 匍匐したりぬ

久留米師団 合歓ほの明し 影つけて 二列行進の 兵隊が見ゆ

水多に 柳しだるる 四つ手網 今ぞ盛夏の 柳河が見ゆ

我が飛翔 挙り出て見む 郷人に 心は昂れ 虚しかりけり

柳河は 城を三めぐり 七めぐり 水めぐらしぬ 咲く花蓮

草家古り 堀はしづけき 日の照りに 台湾藻の 群落が見ゆ

柳河、柳河、空ゆうち見れば 走り出る 子らが騒ぎの 手にとるごとし

大殿の 濠は広らと 水照りして 内なる池の 鴨むらも見ゆ

殿の池 ここだおどろく 鴨むらの 飛ぶまあらせず その上過ぎぬ

うち低み 榎か黒き 布橋の 日ざかりの靄 我は飛び過ぐ

伝習館 ここぞと思ふ 空にして 大旋回一つ あとは見ずけり

空よりぞ 我が沖ノ端を 見る時し 機体ことごとが 光る眼なりき

鯉のぼり けふは視界に 吹きながし 沖ノ端あり 飛びて行くなり

矢留校 身もて地に書く 子ら見れば 白光つよし ヤの字一つ書く

和歌と俳句