北原白秋

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裏堀は 藻をかいくぐる 鳰居りて 遥けきは啼けり 城内らしも

竝倉の しづけき海鼠壁 月夜にて 鳰は寄りゆく その向うの葦に

ユーカリの しろき月夜の 陰にして こなぎも花に 咲きにつらむか

湯の館 築石垣の 間飛びて 源氏蛍も 早や末ならし

大津山 ここの御宮の 見わたしを 族がものと 我等すずしむ

小岱山 霞む表の端山には 関の名残りの 書院松見ゆ

山帰来葉や 山は恋しき 日の蒸に 餅くるまむ その葉摘みたむ

朱砂にして 雨ふりながす 朝の道 山方附けば 北の関見ゆ

ふかみどり 櫨の木かげに 佇つ見れば 童女は愛し 母によく似て

玉名郡 関の山家は 築畦の 石塊黒く 夏まけにけり

朱砂ながら さびし山家の 壁のいろ 薄日蒸したり 母の関町

汗沁むる 木彫の鷽は 手にぎりて 朝行きし前を 夕かへりをり

麦の秋 夕かぐはしき 山の手に 観世音寺の 講堂は見ゆ

麦の秋 観世音寺を 罷で来て 都府楼の跡は 遠からなくに

夕あかる 櫨の木むらの 前刈るは 誰が麦秋の 笠の紐ぞも

草ふかき 水城飛び越え 立つ鴨の 軽鴨の子を うつくしみ見む

水環る 環水荘は 降る雨の いろとりどりに 夏いたりつつ

雑餉隈 池塘に映る 床高き 屋裏に赤き 金魚鉢見ゆ

菱生ふる 広き池塘の 中道は 雨通らせて 後照暑し

老樫の こぼれ日あかく 地にあるに 蟻現るる 待ち居り我は

積藁に ひびく一つの 爆音が 太刀洗より 近づくごとし

和歌と俳句