北原白秋

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裸童居る 山の中なる 風景の 何ぞ空なる 我に笑み来る

雑草の 高原斜面 緑なす 気流に乗ると 一気に我は

ひた恋ふる 地上のみどり 逆にして 流動し去る 統てなるなり

国東は 積乱雲の いや騰る 夏空青し 灘に映ろふ

ひた飛びに 周防へ向ふ 灘の空 何か後追ふ 音ある聴かゆ

簑嶋は 玉にかつづる ひと簑の 雨うつくしく 光るその嶋

航空は しづけきものと 人言ふを 夕海の空を わたりうべなふ

翼のうら 滑車に映る 影見れば 微動しつつあらし 飛行はつづく

飛ぶものは 尾翼平らに 今あらし 瀬戸の内海の 夏夕霞

水平動 感じつつあり 夕暮は 思ふともなく 母恋ふらしき

天上に 桃の和毛を ひた撫でて はかなやと言ふも 我がうつつなり

たまゆらと 翔るたまゆら 天にして 我がひた噛る くれなゐの桃

厳嶋 潮満ちたらし 海中と 鳥居ひたりて 鹿あがる見ゆ

空に観て 活字函なす 家群に 都市の真実の 声はあるなり

夕かげは 陸の岬々 嶋の岬 遠ながく見て 高度行くなり

雲の塊 夕紫に 脈なして 屋嶋ぞと思ふ 嶋々暮れぬ

翼のかげ 支柱に映り しづかなる 飛行はつづく 夕火照る海

ほのぼのと 匂ふ淡路の そなた空 飛びつつは見む 霞む夕浪

早や愛し 和田の岬の 夕潮に 藷洗ふごとく 子らぞ混み合ふ

水のべの 天満の祭 篝焚き 空翔り来し 我やそづはず

白雉城 お濠の蓮の ほの紅に 朝眼よろしも 妻がふるさと

街中は 瓦重なる 夕かげを まだじじとある 蝉が庭木に

昨飛びて 空ゆながめし 瀬戸の海を 今日船路行き 波の面わたる

空ゆ見し 全き淡路の 夕がすみ 船はすべなも ただに片附く

君が飛ぶ ことごとの人が 仰ぎぬと 涙せりとぞ 友ら言ふかも

その空は 涙たまりて 見ざりきと 下べのその家 我も見ざりき

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和歌と俳句