北原白秋

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土橋の 朝まだ早し 揺りゆりて そら豆売りが 籠かつぎくる

花まじる 深田の草の 芒の穂は 夏の朝日に 見るべかりけり

穂に立つ 麦の畑の 中道は 弧にうねりつつ やはらかき土

しらしらと 米の磨ぎ汁 流れゐて 藻の葉にまじる 鮒のなきがら

ついかがむ 乙の女童 影揺れて まだ寝起らし 朝の汲水場に

うちしめり なにか眩ゆき 午の曇り 樗の花は いまだ了らず

ひりへうと 笛が鳴るから 夏祭 三神丸に 小舟さもらふ

すかと剥ぐ 蟹の甲羅は 黄のとろを 尿ぶくろほぜり とりてすてたり

女童に 目もくれずとふ 男童は 或はほのに 何かおそれし

蝉のこゑ しづけき森の ここの宮 幸若の舞の 時ぞ移ろふ

麦の熟れ 蒸すや五月の 野平に お宮ましまし 小つづみの音

曲舞の 大江幸若 足ずりに えやとたたらと 舞ひ澄ましける

立烏帽子 袴長引き 小さ刀 素襖の袖は 張りて舞ひつつ

幽けさは 笛や羯鼓の 外にして 舞ふものならし 扇手に指し

打烏帽子 脇と連とが 片膝に 待つ間かがよふ ひとひらの雲

舞殿の 幕は匂ふ 夏がすみ 後水尾の帝 くだしたまへる

人な知り 宮の幸若 足ぶみに 遊ぶ五月の たたら曲舞

舞殿に 舞ひつつ闌くる 昼の照り 撫子もちて 仰ぐ女童

野の宮よ 翁嫗の のどのどに 石につい居り 舞ふを見に来し

墨の香の ながれて鎮む 青若葉 誰に書けとふ 紙かのべたる

和歌と俳句