ほのぼのと からし焼く火の 夜は燃えて 筑紫郡の 春もいぬめり
鬼菱の 花さく池の 月しろは 夜のいよいよに 闌けて後なり
麦黄ばむ 名護屋の城の 跡どころ 松蝉が啼きて 油蝉はまだ
韓の空の 見はらしどころ ここにして 太閤はありき 海山の上に
麦の秋に 白帆見わたす 山幾重 君が館は 伊達の陣跡
蒼海の 鯨の蕪骨 醸み酒の しぼりの粕に 浸でし嘉しとす
ここにして 十時伝右衛門の 裔の子と 一夜勢ひ 飲みて寝にける
おほらかに ありつる昨の 朝酒と 再眺めして 名護屋にぞ居る
遊女が 片手漕ぎする 舟かとも 午ちかき照りの 入江見てあり
まさやけく 夏の微塵の 澄むところ み空は青し 眼の極み見ゆ
三笠山 さ青の尾上に 立つ鹿の かぼそき姿 天にして見つ
青丹よし 奈良の都の 藤若葉 けふ新たなり 我は空行く
高行くは ひたすら悒鬱し まかがやき 横たふ雲の 眼を塞ぎつつ
高蒼空 わがよるべなき 単葉の 機体の揺れは 雲の撲つなり
鈴鹿山 空木花咲き しづかなり 飛びつつし思ふ 夏ふかみけり
眼下に 横たふ谿は 鈴鹿とぞ 死の衝激を からうじて堪ふ
移りつつ 雲はあるらし 山襞の 赭きなだりに 影のさしたる