北原白秋

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花かとも おどろきて見し よく見れば しろき八つ手の かへし陽にして

我が宿よ 冬日ぬくとき 端居には 隣もよろし 松の音して

今朝見えて 置く霜さへや 我が眼には 谷地田も畦も 隅黝みあり

冬、ぴしりと氷ひびく 石くれは 子か打ちつけし 沈みて止みぬ

瞼しめし つくづくとゐる 冬日中 畳の目など 見むはすべなし

眼を病めば 起居をぐらし 冬合歓の 日ざしあたれる 片枝のみ見ゆ

折ふしに 冬木見えくる 眼先も たちまし暗し 虚しかりけり

こがらしの 背戸に音やむ 小夜ふけて 温罨法の 息吹眼に当つ

文鳥の 影移りする 鳥籠は 日なたの軒に かけてこそ置け

蘭の香や 冬は日向に 面寄せて ただにひとつの 命養ふ

冬冷き 皿の上には 山鳥の 瞼しろし 閉ぢしまなぶた

高空に 富士はま白き 冬いよよ 我が眼力 敢なかりけり

眼を洗ふ 冬光無し 雑木々の いつひらきなむ 柔き若葉ぞ

眼にたのむ 何ひとつなき 芝庭の 冬なりながら 薄日照りたる

冬ひと日 堪へてありしか 池水の 冰れる面に 風の吹き当つ

冬三月 ただにましろく 引くものに 方丈の屏風 襞冷えにけり

白きもの また白からじ 立つ襞の 六曲の屏風 影もこそもて

我がみ冬 しろき屏風に 引きかけて ラヂオの線の 影も凍てゐる

白磁の 八角の壺の 稜線引きて ほの上光る み冬なるなり

眼は閉ぢて まつ毛にさやる 眼帯の 冷きはみけり 月夜かも沁む

和歌と俳句