北原白秋

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朝間干す 白き衾の 日に照るは 夜ににほふより せつなかりけり

山吹の 黄に咲きしだる 色かとも 見つつは籠れ 若葉とも見ゆ

日おもてに 庭の此面の 白つつじ 蕋長なれや 春酣に

春の田の 草間の蛙 眼をあけて 啼くなるのみと 子らは思はむ

眼は見えて 啼くがままなる 蛙らに 春雨づつみ 風そよぎつつ

声あがる 田居の蛙を 上居りて 眼はふたぎゐる 親蛙われは

春の田の 柔ら浅茅生 風向を 色走りつつ 子らが追ひがてぬ

女童を 手触りなげかひ げんげ田の 春の日向は 行き飽かぬかも

春の日の 朱鷺色牡丹 女童が 跳ぶ足音に 揺れつつ照りぬ

ほのあかき 朱鷺の白羽の 香の蘊み 牡丹ぞと思ふ 花は闌けつつ

豊けきは 葉ぐみととのふ 牡丹の ひと花紅き 穏しさにして

香ひたつ 朱鷺いろ牡丹 籠のあふれ 時計と置くに ひと花しづか

蕋つつむ 幾重花びら 内紅き 朝の牡丹は 食ままく柔ら

禿髪垂る 黒きかほばせ あどなくて あてなる際は 物思はずらし

匂満ちて 全けき牡丹 二日まり 我と在りしが くづれてちりぬ

蕾添ふ 黒き牡丹は 一鉢の 花重きから 縁にさし置く

女童や 穏し牡丹の 靄だちを 禿髪かき垂り 父にゐずまふ

牡丹の弁 なごしくつつむ 靄すらや 我が眼先には 揺れてくるしき

靄ごもり 層む若葉の 緑金は ただ一方を 陽の照らふらし

うち層む 若葉くらきに 子が遊ぶ 鏡の反射 そこらひらめく

和歌と俳句