しばしのま生くるもがきを免れ出でて梅のはるべに息づく我れは
神業と清くたふとき梅の花に親むあひだ生けりとおもほゆ
梅の花さやかに白く空蒼くつちはしめりて園しづかなり
み仏と変りし御名をささげ持ち吾がにひむろにうつしまつりぬ
濁水の池を八十たび悔いめぐり嘆き見しかどはきものも無く
天地の哺育のままにあまえ咲くダリヤの花は幼なさびたり
水害の疲れをやみて夢も只其の禍ひの夜の騒ぎはなれず
水害ののがれを未だ帰り得ず仮住の家に秋寒くなりぬ
四方の河溢れ開けばもろもろの叫びは立ちぬ闇の夜の中に
闇ながら夜はふけにつつ水の上にたすけ呼ぶこゑ牛叫ぶこゑ
飯づなのすそ野を高み秋晴に空遠く見ゆ飛騨の雪山
久方の天の時雨に道いそぐおく山道をうらさびにけり
草枕戸がくし山の冬枯の山おくにして雨にこもれり
おく山に未だ残れる一むらの梓の紅葉雲に匂へり
櫟原くま笹の原見とほしの冬枯道を山深く行く
打破りしガラスの屑の鋭き屑の恐しきこころ人の待ちけり
我がやどの軒の高葦霜枯れてくもりに立てり葉の音もせず
裏戸出でて見る物もなし寒むざむと曇る日傾く枯葦の上に
曇り低く国の煙になづみ合ひて寒ざむしづむ霜月の冬
久方の三ケ月の湖ゆふ暮れて富士の裾原雲しづまれり
不二見野は野をさながらの花園に時雨の雲がおりゐまよへり
すむ空ゆやがて這ひ来し白雲は人を花野にこめてつつめり
旅急ぐ我も行き得ず君も来ず秋草の花に立ちて嘆くも