和歌と俳句

伊藤左千夫

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白雲もゆふやけ雲も暮れ色にいろ消えゆぅも日は入りぬらし

蒼空の真洞にかかれる天漢あらはに落ちて海に入る見ゆ

ひんがしの空の一隈やや白みやや朱につつ月出でんとす

露霜に色のさびたる紫の竜胆の花よわれ思多し

ここにして思はんよりは走りゆき手とりなげかむ竜胆の花

冬ごもる明るき庵に物も置かず勾玉ひとつ赤き勾玉

雪の道未だ開けず勾玉と古き書とに我こもり居り

白雪の床敷く道をおりくれば軒の湯煙ゆく手つつめり

馬の湯の外の湯の煙朝日受け雪の谷間は見るにのどけし

愚我が人憎くまむと嘆けども悲しき我れや我を去りがたし

少女等が白玉碗に清水汲む清き心を一日なりとも

松山を幾重さきなる天つへに雪まだらなり黒姫の山

新芽立つ山さの松の枝高みまつめ来鳴くも日のうららか

つつじ咲く岡の松原松芽立ちおくの沢辺にきぎすたかなく

つつじ咲く小松が岡にとり心のどにして君をしぞ思ふ

秋草の花咲く頃にみまかりしみたま七年を忍ぶ雨かも

空近き不二見の里は霜早み色づく草に花も匂へり

天地のくしき草花目にみつる花野に酔て現ともなし

秋の野に花をめでつつ手折るにも迷ふことあり人といふもの

夜深く唐辛煮る静けさや引窓の空に星の飛ぶ見ゆ

冬の夜の夜のしづまりにペンの音耳に入り来つ我がペンの音

天の原流らふ星もわがごとく蓋しや迷ふ見つつ悲しも

秋更けて日和よろしき乾草のうましきかをり小屋に満たせり

朝清め今せし庭に山茶花のいささか散れる人の心や

諏訪振りをひなとはにかみつつましくものする君にあやになづめる