和歌と俳句

伊藤左千夫

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園を広み木立めぐらし田をつくり千うね八千うねあやめ植ゑにけり

梅のもとにけしの花咲き松のもとにあざみ花咲く藁家のみぎり

白妙の長裳すそひく外つ国の少女にあへりのへにして

夏草の菖蒲が浦に舟よせて竜頭の滝を見にぞわがこし

つがの木のしみたつ岩をいめぐりて二尾におつる滝つ白波

滝つぼにおりてみらくと苔青き五百個岩群足読みてくだる

たきつぼのよどみ藍なす中つせの黒岩の上に立てば涼しも

きりふりの滝の岩つぼいや広み水ゆるやかに魚あそぶみゆ

うからやから皆にがしやりて独居る水づく庵に鳴くきりぎりす

ゆかの上水こえたれば夜もすがら屋根のうらべにこほろぎの鳴く

くまもおちず家ぬちは水にひたればか板戸によりてこほろぎの鳴く

只ひとり水づく荒家に居残りて鳴くこほろぎに耳かたむけぬ

さ夜ふけて訪ひよる人の水おとに軒のこほろぎ声なきやみぬ

神山の富士の女神がおりあそぶ興津の磯に早ゆきてすめ

山のさち海のさちある興津辺に早ゆきすみて歌つくりませ

駿河の海江尻の浦の大船のたゆたふところ今もつべしや

とりどりに色あはれなる秋草の花をゆすりて風ふき渡る

秋草の千ぐさのにしみ立て一むら高き八百蓼の花

秋くさの千ぐさの園に女郎花穂蓼の花とたかさあらそふ

紅葉狩二荒にゆくとあかときの汽車のるところ人なりとよむ

もみぢ葉のいてりあかるき谷かげの岩間どよもし水おちたぎつ

もみぢばの八重てる山の岩秀なるみさきのへよりたきほどばしる

滝つぼの岩間たひろみ青淀にもみぢ葉ちりてうづまき流る

青空にいかよふ山の中つへに緋の雲たてり千重のもみぢ葉

天雲の切れめさやけみ月すみて隅田の水上かりなき渡る

かへらんとおり立つ庭の草むらにこほろぎ鳴きて月薄曇る