和歌と俳句

伊藤左千夫

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おばしまに手弱女倚れる金閣を霧らふに見れば夢に似るかも

女の童二人おり立ちなぎさ践み雲間うかがふ衣笠の山

お広間は寂と神さび花瓶を四尺の青磁対に据ゑたり

かくやくと黄金かがやく高閣に仏の御影を拝し給はく

金閣は歌舞にふさはず林泉の高き好みは見るに潔けし

み灯霞む鹿苑院の沈の香や山ほととぎす閣近く鳴く

奈良井川さやに霧立ち遠山の乗鞍山は雲おへるかも

菅の根の長野に一夜湯のくしき浅間山辺に二夜寝にけり

蓼科の山の奥がと思ひしをこは花の原天つ国原

天の原くしき花のみさはにして吾知る花は少なかりけり

信濃には湯は沢なれど久方の月読のごと澄める出湯や

朝湯あみて広き尾のへに出でて見れば今日は雲なし立科の山

きのふ見しおくの沢辺の花原を猶こほしみと又のぼりきぬ

秋立つと未だいはなくに我宿の合歓木はしどろに老にけるかも

打ち渡す八十の群山萌え出づる若国日本年明けにけり

年ほぎのあしたの壁に世界図を掛けて酒汲む増荒雄の伴

年ほぎの朝を楽しみ童ども騒ぐ声にも力籠れり

堅川に牛飼ふ家や楓萌え木蓮花咲き児牛遊べり

桜ちる月の上野をゆきかへり恋ひ通ひしも六とせ経にけり

堅川の野菊の宿は初芽過ぎ二の芽摘むべく群生ひにけり

柿若葉ゑんじゅ若葉のゆふやみに鳴くはよしきり声近くして

春の芽の若葉に開く幼なぶりうららきよらに生ひ立ちにけり

神の手を未だ離れぬ幼児はうべも尊とく世に染まずけり

九十九里の磯のたひらはあめ地の四方の寄合に雲たむろせり

幼きをふたりつれたち月草の磯辺をくれば雲夕焼けす