和歌と俳句

伊藤左千夫

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わがめづる庭の小松にこのあした初雪ふれり芝の小松に

松の上にいささ雪つみ松が根の土はかぐろし今朝のはつ雪

芝原の小松が上にいささ積む雪をよろこび児等がさわぐも

世にありと思ふ心に負ひ持てる重き荷を置く時近づきぬ

春の海西日にきらふ遥かにし虎見が崎は雲となびけり

砂原と空と寄合ふ九十九里の磯ゆく人等蟻の如しも

幼げに声あどけなき鶯をうらなつかしみおりたちて聞く

片町の掌なす我庭をあな怪しもや来鳴くうぐひす

や吾家を近く汝が声のうひうひしきに我れまけはてぬ

春の葉の若やぐ森に浮く煙吾がこふる人や朝かしぎする

常世さぶ天の群山朝宵に見つつ生い立つうまし信濃は

秋風の浅間のやどり朝露に天の門ひらく乗鞍の山

思ひこひ生の緒かけし蓼科に老のこもりを許せ山祇

朝露にわがこひ来れば山祇のお花畑は雲垣もなく

秋草は千草が原と咲き盛り山猶蒼し八重しばの山

信濃には八十の高山ありと云へど女の神山蓼科我れは

草の葉の露なるわれや群山を我が見る山といほり居るかも

夕雨にこほろこほろぎうら淋し新おくつきのけいとぎがもと

おくつきの幼なみ魂を慰めんとよすがと植うるけいとぎの花

数へ年の三つにありしを飯の席身を片よせて姉にゆづりき

み仏に救はれありと思ひ得ば嘆きは消えん消えずともよし

幼などち姉と手を引き横歩み舞ひそばへしが目に消えぬかも

はしばみのすがれ黄葉のひや露のあなすがしもよ此朝の晴

あらがねの国つみ神のみさをかも瑠璃湛へたるこれの水海

田沢のうみ霊しく活ける水の色に神を恋しと泣きし君はも

はて知らぬ地底に通ふ瑠璃の海世にかかはらぬ其水の色