和歌と俳句

正岡子規

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墓原の 杉の木立を 我行けば 夜鳴く鳥に おどろかされぬる

風強み 絲の緒きれて 飛ぶ紙鳶の 森こえて行く ゆくへ知らずも

人取りて くらひきといふ ぬす人の 住みにし跡の 山陰の森

笛の音の 遠音をしたひ そこはかと 森わけ行けど 人に逢はざりき

藥練る 山人尋ね 入る山に くしき花さく 森の下草

道のべの 楢の林に 鶯の 二つ来て鳴く 明方にして

茨さく 森の下陰 しめはらん わが後の世の おくつきどころ

ありそべの 松の林に 砂ほりて 松露の玉を 取ればうれしも

千はやふる 神の木立に 月漏りて 木の影動く きざはしの上

蛭の住む 森わけ入りて 蛭に血を 吸はれきといふ 蛭物語

品川の 沖に舟うけ かへり見る 愛宕の森は 今日もかすめり

夜をこめて 驛路行けば 荒磯の 松の木の間に 波のよる見ゆ

朝空に かげろひ立ちて 鳶の舞ふ 森のかなたに 櫻さくらん

アムールの 川の川原の さざれ石を ひろひてよせし 君をおもほゆ

人にして 鳥にありせば 駿河路や 三保の磯邊の 松に巣くはな

人にして 鳥にありせば 富士のねの 清き月夜に み空かけらな

人にして 鳥にありせば 罠かけし 人のたくみを 鳥に語らな

人にして 鳥にありせば 久方や 天つをとめに たぐひて居らな

人にして 鳥にありせば 海原や かもめのむれに まじりてあらな

人にして 鳥にありせば 木曽山や 森の梢に 妹を隠さな

人にして 鳥にありせば 妹と二人 空舞ひかけり 舞ひかけりせな

人にして 鳥にありせば 妹と二人 羽まきあひて 木の枝に寐な

人にして 鳥にありせば 妹が子に 羽うちおほひ 霜を防がな

人にして 鳥にありせば み空なる 神のお前に うたへ申さな