落葉松の溪に鵙鳴く淺山ゆ見し乘鞍は天に遙かなりき
鵙の聲透りて響く秋の空にとがりて白き乘鞍を見し
乘鞍はさやけく白し濁りたるなべてが空に只一つのみ
生きも死にも天のまにまにと平らけく思ひたりしは常の時なりき
我が命惜しと悲しといはまくを恥ぢて思ひしは皆昔なり
往きかひのしげき街の人皆を冬木の如もさびしらに見つ
我が命としほぎ草のさち草の日蔭の蔓ながくとをのる
衰ふる我が顔さびしこゝにだにあけに映えよとあけの紙貼る
病みてあればともしきものかつゆ草は馬がはめども枯れなくといふに
鴨跖草の種はあまたもこぼれども我がには生えずなにゝかはせむ
打ち萎え我にも似たる山茶花の凍れる花は見る人もなし
山茶花は萎えていまは凍れども命なる間は豈散らめやも
山茶花のはかなき花は雨故に土には散りて流されにけり
山茶花の畢なる花は枝ながら背きてさけり我は向けども
ゆくりなく拗切りてみつる蠶豆の青臭くして懷しきかも
蠶豆の柱の如き莖たゝばいづべに我は人おもひ居らむ
ま悲しき花は山茶花日にしてはいくたび見つる思ひかねては
唐黍の花の梢にひとつづゝ蜻蛉をとめて夕さりにけり
球磨川の淺瀬をのぼる藁船は燭奴の如き帆をみなあげて
そこらくに藜をつみて茹でしかば咽喉こそばゆく春はいにけり
松が枝にるりが竊に來て鳴くと庭しめやかに春雨はふり
草臥を母とかたれば肩に乘る子猫もおもき春の宵かも
洗ひ米かわきて白きさ筵に竊に椶櫚の花こぼれ居り