ほととぎす 嵯峨へは一里 京へ三里 水の清滝 夜の明けやすき
紫の 理想の雲は ちぎれちぎれ 仰ぐわが空 それはた消えぬ
乳ぶさおさへ 神秘のとばり そとけりぬ ここなる花の 紅ぞ濃き
神の背に ひろきながめを ねがはずや 今かたかたの 袖こむらさき
とや心 朝の小琴の 四つの緒の ひとつを永久に 神きりすてし
ひく袖に 片笑もらす 春ぞわかき 朝のうしほの 恋のたはぶれ
くれの春 隣すむ画師 うつくしき 今朝山吹に 声わかかりし
郷人に となり邸の しら藤の 花はとのみに 問ひもかねたる
人にそひて 樒ささぐる こもり妻 母なる君を 御墓に泣きぬ
なにとなく 君に待たるる ここちして 出でし花野の 夕月夜かな
おばしまに おもひはてなき 身をもたせ 小萩をわたる 秋の風見る
ゆあみして 泉を出でし やははだに ふるるはつらき 人の世のきぬ
売りし琴に むつびの曲を のせしひびき 逢魔がどきの 黒百合折れぬ
うすものの 二尺のたもと すべりおちて 蛍ながるる 夜風の青き
恋ならぬ ねざめたたずむ 野のひろさ 名なし小川の うつくしき夏
このおもひ 何とならむの まどひもちし その昨日すら さびしかりし我れ
おりたちて うつつなき身の 牡丹見ぬ そぞろや夜を 蝶のねにこし
その涙 のごふえにしは 持たざりき さびしの水に 見し二十日月
水十里 ゆふべの船を あだにやりて 柳による子 ぬかうつくしき
旅の身の 大河ひとつ まどはむや 徐かに日記の 里の名けしぬ