和歌と俳句

與謝野晶子

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経にわかき 僧のみこゑの 片明り 月の蓮船 兄こぎかへる

浮葉きると ぬれし袂の 紅のしづく 蓮にそそぎて なさけ教へむ

こころみに わかき唇 ふれて見れば 冷かなるよ しら蓮の露

明くる夜の 河はばひろき 嵯峨の欄 きぬ水色の 二人の夏よ

藻の花の しろきを摘むと 山みづに 文がら濡ぢぬ うすものの袖

牛の子を 木かげに立たせ 絵にうつす 君がゆかたに 柿の花ちる

誰が筆に 染めし扇ぞ 去年までは 白きをめでし 君にやはあらぬ

おもざしの 似たるにまたも まどひけり たはぶれますよ 恋の神々

五月雨に 築土くづれし 鳥羽殿の いぬゐの池に おもだかさきぬ

つばくらの 羽にしたたる 春雨を うけてなでむか わが朝寝髪

しら菊を 折りてゑまひし 朝すがた 垣間みしつと 人の書きこし

八つ口を むらさき緒もて 我れとめじ ひかばあたへむ 三尺の袖

春かぜに 桜花ちる 層塔の ゆふべを鳩の 羽に歌そめむ

憎からぬ ねたみもつ子と ききし子の 垣の山吹 歌うて過ぎぬ

おばしまの その片袖ぞ おもかりし 鞍馬を西へ 流れにし霞

ひとたびは 神より更に にほひ高き 朝をつつみし 練の下襲