秋の風 きたる十方 玲瓏に 空と山野と 人と水とに
わが愛慕 雨とふる日に こほろぎ死ぬ 蝉死ぬとしも 暦を作れ
川ぞひの 芒と葦の うす月夜 小桶はこびぬ 鮎ひたすとて
よき朝に 君を見たりき よき宵に おん手とりしと 童泣すも
まくら二尺 さりて水ゆく あづま屋に 蛍こよなう もてはやす人
舞の手を 師のほめたりと 紺暖簾 入りて母見し 日もわすれめや
あきがたの 鶯ききし 空耳の 君がまた寝を 難じて居たり
わが肩に いとやごとなき 髪おちて やがて捲かれて 消し春の夢
君に似し さなりかしこき 二心こそ 月を生みけめ 日をつくりけめ
この恋 君うらみたまへど そひぶしの 寝物語も さまよきほどに
野ゆく君 花に聴かずや 語部も 伝へずありし 幾ものがたり
おもはれぬ 人のすさびは 夜の二時に 黒髪すきぬ 山ほととぎす
月の夜を さそへど出でず こほろぎを 待つと云ふなる となり人かな
春の月 をとうとふたり 笛ふいて 上ゆく岡を 母とながめぬ
きぬぎぬや 春の村びと まださめぬ 水をわたりし 河下の橋
春の朝 われ黒髪に たきものす 鶯まゐれ 目ざまし人に
炉にむかひ 皷あぶりて ものいふを 少女と誉めぬ われいつく母
君が妻は なでしこ挿して 月の夜に 鮎の籠あむ 玉川の里
夕ぐれの さびしき池に わかやかに 葦ふきぬ 初夏の風
あつき日の 流に姉と 髪あらひ なでしこさして 夕を待ちぬ