和歌と俳句

與謝野晶子

6 7 8 9 10 11 12 13 14 15

丸木橋 おりてゆけなと 野がへりの 馬に乗る子に ものいひにけり

さざなみに ゆふだち雲の 山のぼる 影して暮れぬ みづうみの上

草に寝て ひるがほ摘みて 牧の子が ほとゝぎす聴く みちのくの夏

みじろがず 一縷の香ぞ 黒髪の すそに這ふなれ 秋の夜の人

春の山 比叡先達は 桐紋の 講社肩衣 したる伯父かな

君を思ひ 昼も夢みぬ 天日の 焔のごとき 五月の森に

船の灯や 水蘆むらに わかれては 海となりたる 川口の島

大駿河 裾野の家に 垂氷する 冬きにけらし 山は真白き

夕舟や わがまろうどの 黒髪に うす月さしぬ しら蓮の水

とつぎ来ぬ かの天上の 星斗より たかだか君を 讃ぜむために

花に寝て 夢おほく見る わかうどの 君は軍に 死ににけるかな

みづからの 若さに酔へる 癡人は 羽ある馬に 載せて逐へかし

おん方の 妻と名よびて われまゐろ さくら花ちる 春の夜の廊

紫に 春日の森は 藤かかる 杉大木の ありあけ月夜

秋の水 なかの島なる おん寺の 時鐘うちぬ 月のぼる時

病む君の まゐれと召しぬ おん香や 絵本ひろごる 中の枕に

うらわかき おんそぎ髪の 世をまどひ 朝暮の経に 鶯なくも

初秋や 朝顔さける 廐には ちさき馬あり 驢あり牛あり

清滝の 水ゆく里は 水晶の 舟に棹して 秋姫の来る

ゆく春の 藤の花より 雨ふりぬ 石に死にたる 紅羽の蝶に