かつてわが 求めしものの 一つには あらじかしとも 物をおそるる
驢をよびて 驢に鞍おきて 鞍につけ ちるをよろこぶ 山吹の花
三十路など そらはづかしき 年かぞへ 君がかたへに あらじと思ひぬ
しみじみと 口なぐさめを なす人も なさるる人も あはれなる頃
あはれなる 疎さとなりぬ かりそめは かりそめとして 恨み初めしを
霜ばしら 冬ごもりして 背子が衣 縫へと持てきぬ しろがねの針
誓ふとて 心ただしく 云ひいづる 古き言葉を おろそかになせそ
たえず来て 石の槌もて 胸をうつ 強きこころの 君におもはる
客中の 恋とあやしき 消息を 都へやるは 誰にかあるらむ
よしなくも 語りとられぬ 瑠璃色の その濡れいろの 言の葉にわれ
自らを 泣かまほしかり それに似ぬ 君の清さを 泣かまほしかり
二十二は しからず三と 四となれば 捨身となりて 今日をつくりぬ
むらさきと 白と菖蒲は 池に居ぬ こころ解けたる まじらひもせで
若き人 皆よろこべる 初夏も 唯青にびの 色のここちす
日輪は めでたし五十日 雨雲の ちりぼふことを 許さぬ時に
桃いろに うづまき白き しとねをば 船に並べて 水夫われを待つ
わが二十 秋の朝に 紅なしの 友染著るは さびしきものを
岡崎の 大極殿の 屋根わたる 朝がらす見て 茄子を摘む家
八月や 髪干す人に 何ごとか おほく語れる きりぎりすかな
男ゆゑ 泣くをいとひし 少女子は 君にいみじき 涙をそそぐ