和歌と俳句

齋藤茂吉

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天のしたの この国土は 起伏も 崩れもあれやは 枯れて冬さぶ

古への 奚王嶺の 名をもてる この小さ山も 蒙古野の中

見はるかす 天の最中に おのづから 雲も起らず いやはてのくに

けむりなし 溶けむとぞする 蒙古野の 空にひびかふ 雁も聞こえず

ものなべて 虚しくもあるか 暮れむとしつつ この天を動く 雲さへもなし

まどかなる 天をかぎりて 蒙古野の きらへる涯に 陽はおちむとす

ここに立ち 限りも知らに おぼおぼし にごりたゆたふ 天を見むとす

空の涯の くれなゐの日を ふりさけて 東蒙古の 山の上にたつ

一つだに 山の見えざる 地のはてに 日の入りゆくは あはれなりけり

現身の 住むとふものか けむりなす 此土の上に くぐもりたるは

遥かなる ものはおぼろに 溶けゐつつ かぐろき処 人は住まむぞ

この地に 相対ふとき 原始の 人世おもひて 心足らはむ

鄂博山の ふもと通りて ゆく道は 遠きはたてに 見えずなりたる

山川の 清けきを来て 極みなき 波がたの国 振りさくわれは

このあたり 群れとぶ雁は 羽ばたきの 聞こゆるまでに 低くゆくとふ

聞くだにも 心充たむを 思ほえて かりがね渡る 空をこほしむ

この空を すでに黄河の 以南まで わたらふ雁は 渡りつらむか

鴻雁の 羽ばたく音が 川面の 谺響とならむ ころをしおもふ

土ほこり 風吹きあげて 街中を 昏くするとき 吾等歩きつ

目前に 石塀があり 学良の 話聴きつつ それを見て居る

満鉄の 業の尊きを 対談に 云はざりしかど 事眼前にす

鄭家屯事件を語る 君が眼の かがやく時は 一秒程のみ

卓の上に 支那史年表を 貼りつけて 興亡激甚の 念を惜しむと

日本の 茶室造りの 部屋に寝て 夜ふけむとする 月かげが見ゆ

小房に 心やうやく しづまりて この遍歴を 感謝すわれは