和歌と俳句

齋藤茂吉

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雪降る日 吉林に著きたり 日本人吉林居留民会あり親し

松花江の きびしき音を 聞きしより 一時ののち 北山の上

白雪の 降りて氷れる 山の上の 寺中にして 人ごゑ聞こゆ

暫しくは 眼を閉ぢて この山に 吹きすさびたる 風もこそ聴け

風鐸の つねに音する 朶雲殿 女の神は うすくらがりに

北山に 白雪積みて 楼観を いで来たる人は 薪を持ちたり

山寺の 屋上の雪 飛ばしたる 風つぎつぎに 谷に音せり

眼のわるき 馬等が居ると 語らひて 一群の馬に とほりすがへり

一袋 買ひて惜しむが 如くせり 長白山の 松の木の実を

しな街を 暫し歩きて 簡素なる 毛靴を買ひぬ 当なけれども

日本より 旅人のため スンガリイの 鮒のあらひを 調理しはじむ

雪こごる いたき寒さに 天つ日の 光てれれど 外に出でかねつ

吾面も 旅やけしつつ 年ふりし 山辺の街に こよひかも寝む

間島の さまを寝床にて 聴きをはり あらき水にて 面をあらふ

丘陵の 低くなだれて よこたふを 道ひとすぢに 白きもあはれ

雪降れる 畑の中より 家かげに 豚の子ひとつ 走りくる見ゆ

冬がれし 葦原が見ゆ かりがねの 屯すること 幾たびなるか

あめつちの ひとつの相 雪の間に みじかき草の そよぐを見れば

車房にて 支那人唄の稽古をす チエンホー、ジヤンハレー、ヤーパン、・・・・

おごそかに 雪降り積みし 山を去り 長春に来て 雪の解くるを見たり