和歌と俳句

齋藤茂吉

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雪解けて 衢のうへに 小さなる 水脈をつくるは こころ親しも

赤土の 日向掘り居る 苦力等は かくのごとくに 暫し住みつく

原始より 續をなして こだはらず 此処に仮初の 家居をつくる

冬ふけて 真澄の果の なかりける 空にひたりて 馬の行く見ゆ

かぎろひの 夕べの空の くらむまで 鴉むるるも 寂しきものか

沿線に 分遣所あり ただ一人の 日本兵が 其処に立ちゐる

しな国の 旅あはれなり 著ぶくれて 走る穉児 門に向ひて

澄みきりし 空に映りて 木立なき 草さへもなき 丘を人行く

紅の ころもを著たる シナ童女 空をかぎれる 線のうへに立つ

この駅に たまたま駐屯 したりける 日本兵士も 耳の保護せり

丘陵群は 分水嶺を なすといふ 松花江の支流と 遼河の支流と

家いでて 幾夜か寝つる はるばると 鴉のおほき 国に来にけり

四平街の ながき丘まで 軍の先鋒 せまり来りし ことしおもほゆ

暮れゆける 此処の市街よ 南下せる 旅に疲れて 一人寝にけり

起きゆくと 畳のうへの 光踏む 暁がたの 月かたぶきて

ゆるやかに 長き丘陵 よこたはる 此処にも吾は わかれむとする

車中にて 売に來る 森永ミルクキヤラメル 盛京公司味楽乳糖

四たう線 朝立ちくれば 遠々し 草枯れし野に 消のこれる雪

ちかづかむ 山脈もなき 蒙古野の 草のかぎりは 冬枯れにけり

わが汽車の 行のまにまに めぐりくる 沙漠の涯に 見ゆるは何ぞも

おほどかに 脹みたりと 見るまでに 遼寧の野は 光にきらふ