和歌と俳句

齋藤茂吉

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山々は やうやく尽きて 平原を 行き行くとき 緑の林を見たり

たちまちに 大き塩田の 連りに 雁とびまた 海のうへの空

冬河が ここに流れぬ 向つ岸 見えず濁りて あふれむとする

沼水の ひかりてゐるを 幾処にも 抱きてとほき 葦原があり

おもはざる 沙漠見え来て 直線の 運河鑿りあり 海に到るか

冬ふけし 空につづくと 見るまでに 白河の水は 濁りをあげぬ

棉の畑 わが眼のかぎり 続きたり 夕ぐれ天津に 近づけるとき

我心 既におぼろに 車房より 青き麦畑 しばらく見えつ

あたふたと 他の寝台車に 乗換へぬ 天津総站に 著きたる吾は

天津の 城内にいま 天つ日落つ 紅色になりて はや光なし

ひろらなる 国のはたてに 落ちゆきし 光のなごり しづまむとする

ものなべて 安息としも 入りつ日の 紅き光は なごりをとどむ

天津を 過ぎてより暫く ひろごりし あかきなごりは 寂しかりしぞ

くれなゐの 残りの光 消えがてに 遠き低処に こもりつつあり

われひとり 目守りてゐたる あまつ日の 余光はながし 発車せしのち

天津を 過ぎ来し空に のこりたる 入日の光 とほく褪せつつ

はて遠き 空の光は 黄に残り 陸くらしも 二たびを見ず

大和門に この身ちかづく 青銅の 獅子の頭の この大きさよ

大和殿の 階を歩みて 空が見ゆ なべてこころを 豊かならしむ

時のまは 夢のごとしと 大和殿の 前面の階を 歩みてくだる

中庭を 水はゆたかに 流れたり 北海の水を そそぐとこそ聞け

傍観者の こころになりて 大和殿も 体元殿も われは看過ぐす