和歌と俳句

齋藤茂吉

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遠くより 仰ぎつつゐて 天壇の この象徴の まへに来りぬ

天壇の 白き石階に 身をかがむ 帝王踏まぬ 六つの雲の龍

朱の柱 赤金の柱 立ちたるを ただ色彩を 好むといふや

遥かより その形態の 全きを さながらに見む とほき旅路に

祈年殿 むかうにありて わたりくる 冬風さむし 石の上を行く

むらさきの 三蓋をもて 空に涵りたる 天壇に吾も 近づきしはや

寒々と したる一日よ 天壇の 森ふかくして 鳥しきりに飛ぶ

殿堂に なべて照りたる あまつ日も やうやく低し 風音きこゆ

天壇の 五色の石を 見るときは 五つの山を 相見るごとし

あきらけき 襞を持ちたる 山五つ わが身近くに ありとこそおもへ

砂のうへに しづまりてゐる 石五つ 苔生ふることも なくて年ふる

そびえたつ この殿堂の 背なすは すなはち「天」なる ことをおもはむ

澄みきりし 空に直ちに 立てるもの この殿堂に 起臥す人ゐず

天壇にて 日の落つる見ゆ 言ひがたき からくれなゐに 極まりて落つ

北平の 城壁に対ひて 心なごむ しな国にある この城壁よ

突出する 角楼の面の 直角を 見む人飽かず 厚きこの楼

並びつつある城壁の 突出が 遥かの方に おぼろになりつ

大きなる 城門具ふる この都市を 平和にいくたびか 人いりて出けむぞ

日本を 軽蔑したる 文字のこり 正陽門に 人はむらがる

塩負うて 城門外に 休みゐし 駱駝の列が うごきはじめぬ

営々としたる人等は 前門の 五牌楼より なほくぐり来る

黄瓦の 天安門の 裏がはを われは歩みて しばしば休らふ