和歌と俳句

齋藤茂吉

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ひろびろし 苑の中なる 奥まりに 雨をよろこぶといふ亭があり

ふかぶかと 落葉してゐる ところあり 玉流泉は 間近かるべし

白虹の 起るといひて 誇りにし 古へびとも あはれ親しき

王宮の 秘めたる苑に めぐりあひ 時雨にぬるる 栗の毬ふむ

きよらけく 成りし御苑と いふべきか この一言も おのづからにて

来し方に 松かぜの音 きこえつつ 望春門を われはくぐれる

白妙の ころもを著たる たわやめと 辛き食物 くへば身に沁む

まをとめの うたへる声は かなしけど 寂びて窒ほる ことなかりけり

ともし火の もとに出で来て にほえ少女が 剣を舞ひたる そのあはれさよ

アリランの 唄は峠を越えてゆく 君をおもひて 愬ふるなり

北ぐにの 旅はるばるに をはり来て 神宮の石の うへに額ふす

しぐれの雨 とみに過ぎつつ ゆたかなる 漢江のみづ ふりさけにけり

をのこ等に 打たれけむかも 紅色の 皮弁といへる 古楽器ひとつ

松の樹に 巣くふ鵲 かく低く 巣くへるみれば 和にありけらし

いとけなく 過ぎましし 晋殿下の みささぎにむかひ かなしむわれは

たまゆらの 時を惜しめば 出でて来し けふみささぎの 砂道こほる

砧うつ おこなひも見て 家ひくく かたまりあへる ところをも過ぐ

清涼寺は ひそけくありき をとめごの 尼も居りつつ 悲しからねど

上元周の グロテスクなる 立像も 形式ありて みだりにあらず

新堂里 まづしき町を とほりたり いつの時代ゆ ここに貧しき

松落葉 家の軒したに 積みためて 冬ごもりせむ なべてひそ行く

満洲里に 吾が行きしより 日日なべて 待ち恋ひ居りし 君にあひにける

あから頬を ゆたかにしつつ 西比利亜を 走り来れる そのあから頬よ