和歌と俳句

齋藤茂吉

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海棠も 白茅も猫も 同様に 目につくと言はば 君謔せむか

明の御製大誥は表紙藍、宋板周礼に君子堂の印

乾隆十九年 甲戌科会 試録あり 保存丁寧にして なべて感あり

居仁堂は 西洋式の 館にして 袁世凱も 此処に住みにき

典籍と いへど生けるが如かりき 永楽大典 文苑栄華

朱の印は 此処に現に 尊かり 「避暑山荘」「太上皇帝之宝」

排日の 思想も近代の ものにして この典籍と 諧調無しも

君とふたり 会釈し其処を 通りたり 写字生群の 飯くふところ

朱の衣 黄衣とりどりの 喇嘛僧に いとけなき僧 まじりて行くも

釈迦牟尼 如来と共に 廟内の うす闇に歓喜天の いろいろあり

雍和殿には 仏像ありて 経巻も 山のごとくに 此処にすすびぬ

大仏が ここにも一つ 聯にいはく 「定光澄月相慧海湧音」

西蔵語の オンマニバトメーホンと いふ如くに聞こゆるを 繰かへすなり

柏樹より 青き実が落つ 順帝の 甘雨しのびて 手に取り持つも

石階の 神路五龍の そばに立つ 天子もよきて 踏ましたまはぬ

雲と共に 龍を彫りたる この階を をさなき帝も のぼりけらしも

孔子廟に 石柱しろく 並び立ち 地震なきこの国土しおもほゆ

殿の内に 棕櫚の敷物 年ふりて 至聖先師 孔子神位います

圜水も 周の遺制に 則取りて 古へおもふ 飛行機飛ぶ世に

辟雍殿の 石階に差せる 日の光 乾隆ここに 学したまひき

この殿の うすくらがりに みづからの 靴音ひびく 何をかもおもはむ

孔教を 陳腐としたる ともがらは 東海姫氏の 国をさげすむ

しづかなる 辟雍殿の 石の牀 外の光の さすところあり

われ等穉くて 敬虔を養ひし 聖人の廟の 内にきたりしかな