和歌と俳句

齋藤茂吉

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清華園 車站に近き 家々の 屋根には白く 霜ふりて居る

清河駅を 過ぎて山上に うづまる如くにして 元代の兵営の見ゆ

城塞の 走る大行 山脈の その奥処には 雪降りにけり

ひといろに 冬さびにける この山の 夏さりくれば 青くなるとふ

柿の木の 多きを吾は 愛でにけり 十三陵の 近くになりて

この関の 谷にせまれる 断崖に 烽火台あり 見つつ楽しも

吹く風の しづまりたるか 白き雲 線にたなびく 山をめぐりて

とほくこの 関の峡を いづる川 ひろくなりつつ 川原が見ゆ

年ふれば おのづからなる 理に 塞は幾筋も ありし跡あり

穀物の たぐひを負ひて 遠々し この関越ゆる 馬の一列

このはざまを くだりつつある 驢の群は 五十ほどづつ 続くがごとし

一山を 越ゆる青龍橋に 吾くだる 消のこる雪を しばしばに見て

驢のむれは 人のたづきの 物負ひて 日ねもす南の 関までくだる

支那兵が 柿を食ひつつ 歩み来る 南口駅に 霜しろきとき

石門に 「居庸外鎮」の 赤き文字 旅人われの 心にし沁む

長城は 嘉谷関まで 延ぶといふ 高き峯より 高きに即きて

ひとつ脈は 山海関に 一つ脈は 甘粛省の 嘉谷関まで

山襞は こまかくなりて その峡の 雪吹く風の 音ぞ聞こゆる

遠山は 藍に澄み雪を かうむりぬ 八達嶺に 吾の立つとき

一挙して 抜きしにあらぬ この砦も ほとりに戦の あとをとどめつ