車房より はやく移ろふ 眼に低く 起伏す山も 白くなりたり
奉天を 吾たちくれば 雪もよほす くもれる空の 奥に山見ゆ
やうやくに 心しづかに 吾が友と 安奉線を みなみへ走る
煙突は ふとぶととして 夜ながら けむりは赤く いろづきのぼる
わが汽車の 音とどろきて 鋭きは 隧道か橋か 渡り居るらむ
窓の外に 氷れる雪が 残りゐて 今日降りたるらしき 雪にあらずも
くぐもれる ごとき響に 間がありて わが乗れる汽車 山に入りけらし
朝鮮の あかつきにして 吾は見つ 時雨のあめの 過ぎつつ行くを
うつせみの われの一世に 幾たびか かかるしづけさ 見むとし思へや
朝あけて 見れば山々は もみぢして おしなべて国の 稲を刈り干す
親しみて 国をし見れば 朝はやく 道を歩むは 韓人のみなり
をりをりは 窓ゆ乗りだして 見て過ぐる 水田の水は いまだ氷らず
朝あけの 黄にいろづきて 雲すこし 山の低空に 見えつつあはれ
米を負ふ 牛ひとつ引き 行くも見え 朝鮮のくに 冬はふかまむ
この国は 暖しと いふべきか 北韓山に 雪もあらなくに
山もとの 小沼につどひて 鴨鳥の ゐるさへ親し 異国ならぬ
旅ごころ 新たになりて のぼりゐる 勤政殿より 低山が見ゆ
魚水門の まへに白檀の 一木あり あわただしきに 心とめつも
松かぜの 吹きしく時に 王宮を 見めぐりありく このゆたけさよ
この苑の 中にしづかに 伝へたる 親蚕勧民は 王の御言ぞ