和歌と俳句

齋藤茂吉

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太柵欄の 街をとほり来て 天橋の 大衆劇を 外よりのぞく

西南 陽外城の 一廓にも 制限のなき 墳墓のかたまり

ふかぶかと 葦はしげりて きこえくる 幼童の声々 鳥のこゑごゑ

雪の降る まへのしづかさの 光ありて 陶然亭を 黒猫あゆむ

冬さびし 陶然亭の 石だたみの 隅に柔かき 光さし居り

見わたしの ほしいままなる 葦原を 越えつつ城に のぼる道見ゆ

いにしへの 人の愛でにし 此の亭の 廊のうすくらがりを 暫し歩む

驚くばかり 年ふれる白松と 竹林とあり 天王殿は 側より入りぬ

明の崇禎・正統・万暦、清の雍正云々の碑あり いそぎて読みぬ

最もうしろに 人のしはぶき なかりけり 厳浄昆尼の 扁額潜む

城壁を 忽ちに過ぎ 遠ざかる この旅心 言はましものを

目のまへを すみやかにして 黄色なる 風はうつろふ 河を越えつつ

白塩を 盛りあげしやま つらなれり 奥の遠きへ 運ばれゆかむ

畑中に 人を葬る さまが見ゆ 馬ふとつ其処に 佇み居りて

女の子らが 赤き衣に 著ぶくれて 走りて来たる この汽車を見に

冬の日は 暮るるにはやく 寒々としてうねりたる 連山見えそむ

けふひと日 曇れる空に まじはりて 山海関の 山は近しも

大国の 海よりおこる 冬山の むらがりて天そそる寂しさ

くれかかりたる西空の 一ところ ほのかに紅し 日のなごりにか

暮れ入らむ 地平のうへに ただひとつ 黒き山見ゆ 人居るらむか

十日まへ 此処を過ぎしが 今朝の朝け 渾河の水は 氷りわたりぬ